猫に最も多く見られる腫瘍のひとつが「リンパ腫(悪性腫瘍の一種)」です。リンパ球という免疫細胞が腫瘍化して全身のさまざまな場所に発生します。
「最近食欲が落ちてきた」「下痢や嘔吐が続いて心配」――そんな不安を抱えて調べている中で「リンパ腫」という病気を知る方も多いのではないでしょうか?
初期には症状が分かりにくく、「年齢のせいかな」と見過ごされることも少なくありません。
しかし、適切な診断と治療を行うことで、生活の質(QOL)を保ちながら長く一緒に過ごせる猫ちゃんも多くいます。
この記事では、猫のリンパ腫の特徴や診断から治療に至るまでの流れをわかりやすくまとめました。少しでもご家族の安心につながれば幸いです。

1. 猫のリンパ腫の症状
リンパ腫の症状は発生部位によって大きく異なります。代表的なものは次のとおりです。
1.1 消化管型リンパ腫
嘔吐や下痢、食欲不振、体重減少が続きます。高齢猫では「年だから」と思われがちですが、少しずつ痩せていく場合は注意が必要です。
1.2 縦隔型リンパ腫
胸の中に腫瘍ができ、呼吸が速い・苦しそう・咳が出るといった症状が見られます。胸水が溜まることで呼吸困難になることもあります。
1.3 多中心型リンパ腫
全身のリンパ節が腫れるタイプで、首や脇、膝の裏などにしこりとして触れます。発熱や元気消失を伴うこともあります。
1.4 鼻腔型リンパ腫
鼻づまり、くしゃみ、鼻血、顔の変形が見られ、進行すると目にも症状が出ることがあります。
1.5 その他(腎臓型・中枢神経型・眼型など)
腎臓にできると多飲多尿や尿が出にくいなど腎不全の症状、中枢神経にできるとけいれんやふらつきなど神経症状を示します。
👉 「なんとなく元気がない」「食欲が落ちた」など一見よくあるサインもリンパ腫の可能性があるため、早めの受診が大切です。
2. 猫のリンパ腫の原因とリスク
猫のリンパ腫の原因は完全には解明されていませんが、以下のような因子が関与すると考えられています。
2.1 猫白血病ウイルス(FeLV)感染
特に若齢猫に発症する縦隔型リンパ腫との関連が強いとされています。
2.2 猫免疫不全ウイルス(FIV)感染
免疫力が低下することで腫瘍発生リスクが高まると考えられます。
2.3 慢性炎症
長期間続く腸炎などが背景となり、消化管型リンパ腫につながることがあります。
2.4 高齢
10歳以上の猫での発症が多く報告されています。
3. 猫のリンパ腫の診断方法
リンパ腫を確定診断するためには、複数の検査を組み合わせる必要があります。
3.1 血液検査
貧血の有無、白血球や血小板の異常、臓器の状態を確認します。アルブミン低下や高カルシウム血症が見られることもあります。
3.2 画像検査
- レントゲン:胸部腫瘤や胸水の有無を確認します。
- エコー:腸管の壁の肥厚、リンパ節の腫大、腹水などを把握します。
- CT:鼻腔型や縦隔型の病変の広がりを詳細に評価できます。
3.3 細胞診
腫瘍に細い針を刺して細胞を採取し、顕微鏡で確認します。高悪性度リンパ腫では診断しやすいですが、低悪性度リンパ腫では正常なリンパ球に酷似するため診断が難しいこともあります。
3.4 組織生検
細胞診検査で診断がつかない際には確定診断に必須です。内視鏡や外科手術で腫瘍組織を採取し、病理組織検査を行います。
3.5 免疫染色・遺伝子検査
腫瘍がB細胞型かT細胞型かを判定し、治療方針や予後の参考にします。

4. 猫のリンパ腫の治療方法
4.1 抗がん剤治療(化学療法)
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多剤併用プロトコール(CHOP, UW-25など)
高悪性度リンパ腫に用いられます。副作用は人より軽度で、食欲不振・嘔吐・下痢・一時的な白血球減少が中心です。
完全寛解率は50〜70%程度、中央値生存期間は6〜12か月とされています。 -
クロラムブシル+プレドニゾロン
低悪性度のリンパ腫で標準的に用いられる組み合わせです。長期寛解する例も多く、中央値生存期間は2〜3年に達するケースもあります。
4.2 放射線治療
鼻腔型リンパ腫など局所的な腫瘍に有効です。奏効率は高く、完全寛解率70〜90%が報告されています。単独または抗がん剤治療と併用する場合もあります。
4.3 ステロイド治療
ステロイド(プレドニゾロンなど)を投与することで腫瘍を一時的に縮小させ、症状を改善します。ただし効果は数週間〜2か月に限られるため、根本的な治療にはなりません。
4.4 支持療法
食欲増進剤、制吐剤、点滴などで体調をサポートし、猫ちゃんの生活の質を保ちます。高齢や他の持病を持つ猫では、QOLを重視したケアが選択されることもあります。
5. 猫のリンパ腫の治療期間について
5.1 高悪性度リンパ腫
抗がん剤治療を数か月〜1年程度継続します。寛解(リンパ腫が確認できなった状態)後も再発に応じて追加治療を行う場合あります。
5.2 低悪性度リンパ腫
クロラムブシル+プレドニゾロンによる内服を数年単位で継続します。長期に安定した生活が期待できます。
5.3 放射線治療
1クールは1~2か月かかります。効果が1年以上持続することもあります。
5.4 ステロイド単独治療
一時的に症状が改善しますが、効果は数週間〜2か月程度にとどまります。
👉 治療期間は腫瘍の種類・発生部位・猫の年齢や体調によって大きく異なります。

6. 猫のリンパ腫の治療費目安
6.1 初期診断費用
血液検査・レントゲン・エコー・細胞診などで 3〜10万円程度です。
6.2 抗がん剤治療
1回あたり5千〜1万5千円、1クール(数か月間)で 20〜50万円程度です。
6.3 放射線治療
施設や回数によって異なるが、1クールで 60〜80万円程度かかります。
6.4 ステロイド治療のみ
比較的安価で 数千円〜数万円です。
👉 再検査や支持療法の費用もかかるため、総額は症例によって大きく変動する可能性があります。
7. 希少型リンパ腫について
7.1 皮膚リンパ腫
皮膚に赤み・しこり・潰瘍化を起こし、慢性皮膚炎と区別が難しい場合があります。
7.2 腎臓リンパ腫
腎臓に発生すると多飲多尿、尿が出にくい、腎不全に伴う食欲不振や体重減少などの症状が見られます。
7.3 中枢神経リンパ腫
脳や脊髄にできると、けいれん、ふらつき、歩行異常、瞳孔の左右差など神経症状を示すことがあります。
7.4 眼のリンパ腫
眼に発生すると充血、眼の腫れ、失明などを起こすことがあります。進行すると眼球突出を伴うこともあります。
7.5 リンパ腫の骨髄浸潤
血球減少を起こし、貧血・免疫低下・出血傾向など全身に影響します。
👉 これらの特殊型は発生頻度は低いものの、診断が難しいケースも多く、より専門的な検査や治療が必要になることがあります。
8. 猫のリンパ腫の予後因子
- 病型:鼻腔型や低悪性度は比較的予後良好
- 免疫表現型:B細胞型は比較的良好、T細胞型は不良とされます
- FeLV感染:陽性例は予後不良
- 治療反応性:初期に寛解が得られるかどうかが生存期間を大きく左右します
9. 猫のリンパ腫の予後
9.1 悪性度による予後の違い
- 低悪性度リンパ腫:適切な治療で数年以上生存するケースもあります
- 高悪性度リンパ腫:無治療では数週間〜数か月、抗がん剤で半年〜1年以上の延命が可能です
9.2 希少型リンパ腫の予後
- 鼻腔型リンパ腫:放射線治療を行うことで1〜2年以上の長期生存の可能性も望めます。
- 皮膚リンパ腫:進行は比較的ゆっくりで、数か月〜1年以上生存する例もあります。内服治療(クロラムブシル+プレドニゾロン)でコントロールできる場合があります。
- 腎臓リンパ腫:腎不全を伴うことが多く、予後は不良とされます。治療しても数か月〜半年程度の生存が一般的ですが、早期発見・治療で延命できることもあります。
- 中枢神経リンパ腫:症状が急速に悪化する傾向があり、無治療では数週間〜数か月と短いです。抗がん剤や放射線治療を組み合わせても、半年程度が目安となることが多いです。
- 眼のリンパ腫:局所病変にとどまっていれば放射線治療や抗がん剤で比較的良好にコントロールでき、1年以上の生存が期待できることもあります。ただし進行して全身化すると予後は不良です。
- リンパ腫の骨髄浸潤:骨髄での血球減少により感染や出血のリスクが高く、予後は不良とされます。数週間〜数か月のケースが多いですが、化学療法で一時的な寛解が得られることもあります。
👉 このように、猫のリンパ腫は発生部位・細胞のタイプ・悪性度により大きく予後が異なるのが特徴です。
10. よくある質問(Q&A 10選)
Q1. 猫のリンパ腫は治る病気ですか?
A. 完治は難しいですが、治療によって腫瘍を小さくし、生活の質を保ちながら長く一緒に過ごせる可能性があります。
Q2. 猫のリンパ腫の症状には何がありますか?
A. 嘔吐、下痢、体重減少、鼻づまり、呼吸が苦しい、リンパ節の腫れなど発生部位により症状は多様です。
Q3. 高齢の猫に多い病気ですか?
A. はい、10歳以上の高齢猫に多いですが、若い猫でも発症することがあります。
Q4. 猫のリンパ腫の原因は何ですか?
A. 明確な原因は不明ですが、FeLVやFIV感染、慢性炎症、加齢が関与すると考えられています。
Q5. 猫のリンパ腫はどうやって診断するのですか?
A. 血液検査、画像検査、細胞診や組織検査などを組み合わせて診断します。
Q6. 猫のリンパ腫の治療にはどんな方法がありますか?
A. 抗がん剤治療、放射線治療、ステロイド治療、支持療法があります。
Q7. 抗がん剤の副作用は強いですか?
A. 人間の抗がん剤に比べると軽度です。食欲不振、下痢、一時的な白血球減少などが見られることがあります。
Q8. 治療費はどのくらいかかりますか?
A. 抗がん剤治療は20〜50万円、放射線治療は60~80万円、ステロイドは比較的安価です。
Q9. 猫のリンパ腫の余命はどのくらいですか?
A. 無治療では数週間〜数か月ですが、治療により半年〜数年の延命が期待できます。
Q10. 猫のリンパ腫を早期発見するためには?
A. 定期的な健康診断(血液検査・画像検査)が重要です。体重減少や元気消失など小さな変化も受診のサインです。
11.当院であった症例
当院であったケース①
10歳の猫ちゃんで、最近嘔吐を頻繁するとのことで来院されました。昔から吐きやすい子でしたが、最近になって吐く頻度が増え食欲も低下気味とのことでした。血液検査では軽度の低アルブミンはありましたが、その他では大きな異常はありませんでした。しかし、超音波検査にて胃に腫瘤が認められました。
無麻酔での細胞診検査にて、大型のリンパ球が多数採取され、また遺伝子検査にてリンパ球のB細胞の腫瘍性増殖が確認されたため、B細胞性高悪性度消化器リンパ腫と診断し抗がん剤治療を実施しました。
CHOP療法にて抗がん剤を行い腫瘤は消失し、現在抗がん剤を終了して1年がたちますが、再発なく元気に過ごしております。
当院であったケース②
14歳の猫ちゃんで、元気はあるけれどなんとなく食欲が落ち、体重が減ってきたとのことで来院されました。
過去のカルテを確認すると半年前と比べ20パーセント程度の体重減少がみられ、緩やかに体重が落ちているようでした。
各種検査では大きな異常はありませんでしたが、超音波検査でおなかの中のリンパ節が腫脹している点が気になりました。
全身麻酔下にて内視鏡検査(胃カメラ)を実施し、組織採取を行ったところ小型のリンパ球が多数採取され、病理組織検査で小細胞型リンパ腫、遺伝子検査にてリンパ球のB細胞の腫瘍性増殖が確認されたため、B細胞性低悪性度消化器型リンパ腫と診断しました。
現在診断から3年がたち、クロラムブシルとプレドニゾロンによる治療を継続しながら元気に過ごしております。
12.まとめ
猫のリンパ腫は多様な症状を示し、部位やタイプによって経過や予後が大きく異なる腫瘍です。早期発見と適切な治療によって、生活の質を守りながら長く過ごせる可能性があります。
西東京市のひとみ動物病院では、豊富な腫瘍診療の経験を活かして猫のリンパ腫をはじめとする腫瘍疾患に対応しています。気になる症状があれば、お気軽にご相談ください。
監修:ひとみ動物病院 院長/獣医師 人見 隆彦