愛猫が猫伝染性腹膜炎(FIP)と診断されたとき、「治る病気なのかな?」「治療法にはどのようなものがあるのだろう…」と、不安や疑問があることと思います。
ほんの数年前までFIPは不治の病と言われており、発症した猫はそのほとんどが死亡もしくは安楽死をさせられてきました。
ただ、ここ最近では、寛解する可能性の高い治療薬が販売され、改善する子も多くみられるようになりました。
この記事では、FIPの症状や診断方法、治療法などをご紹介しています。
FIPに対するよくある質問にも回答していますので、ぜひご参考になさってください。

1. 猫の伝染性腹膜炎(FIP)とは?
猫伝染性腹膜炎は猫コロナウイルスが原因の感染症です。猫コロナウイルスは腸炎を起こすウイルスとしてすでに広く蔓延しており、それが体内で突然変異を起こすことで猫伝染性腹膜炎を発症します。
猫伝染性腹膜炎は猫同士では感染しないと言われていますが、発症前の猫コロナウイルスはすでに同居猫に感染している可能性が高いため、同じ環境で生活する子は発症リスクが高いといえるでしょう。
コロナウイルスが体内で突然変異を起こす理由や原因は全容が解明されていませんが、多くの猫が何かしらのストレス後や免疫低下を起こすイベントのあとに発症しています。単一の要因ではなく複数の要因が重なることが原因とされています。
猫伝染性腹膜炎のリスク要因として、以下があげられます
- ・2歳未満の若齢猫
- ・オス猫
- ・純血猫(オーストラリアの研究ではFIP罹患猫の71%が純血でした)
- ・多頭飼育
- ・ストレスとなるイベント(飼い始め、去勢不妊手術、何かしらの病気)
- ・猫免疫不全ウイルス、猫白血病ウイルス感染症への罹患状況
2. 猫伝染性腹膜炎(FIP)の症状と種類
FIPには2つの種類が存在し、滲出型(ウェットタイプ)と非滲出型(ドライタイプ)があります。前者の方が比較的多く、両タイプが前後して、または同時にみられることもあります。
どちらのタイプであったとしても、これといった症状はなく、「何となく元気がないな…」「ここ最近、食欲が落ちてきたな…」といったことで気づかれることが多いです。
発熱もしばしば見られますが、抗菌薬に反応しないという特徴があります。下痢や嘔吐が続くといった消化器症状を示すこともあります。
播種性血管内凝固症候群(DIC:全身の血管に血栓が生じる状態)やサイトカインの嵐(サイトカインストーム;炎症が炎症を呼ぶ、免疫の暴走状態)などに対して適切な対応ができない場合には、症状が急速に進行し、死亡することもあります。
個々のタイプについての特徴的な症状は以下の通りです。
2.1 ウェットタイプ
腹水や胸水が貯まり、腹膜炎や胸膜炎を生じることが特徴です。
これによって、お腹が膨らんでいる、呼吸困難といった症状が現れます。
2.2 ドライタイプ
リンパ節や腸管、腎臓や肝臓などのいろいろな臓器に化膿性肉芽腫と呼ばれる病変を形成し、目や耳の内側などの可視粘膜が黄色くなる黄疸を呈すことがあります。
脳などの中枢神経における病変も存在し、ふらつきやてんかんのような神経症状が現れることもあります。
ブドウ膜炎などの眼の症状なども報告されています。

3. 猫伝染性腹膜炎(FIP)の診断方法
猫伝染性腹膜炎は、何かを検査したらFIPと直ちに診断される検査方法はありません。これはどの検査を用いたとしても、猫コロナウイルスの存在を示すのみで、FIPを引きおこす変異ウイルスの検出ができないためです。したがって、FIPの診断は、稟告、臨床症状と複数の検査を考慮して行う必要があります。
また、同様の症状を示す疾患(腹膜炎・胸膜炎、リンパ腫、膵炎、胆管炎、心筋症、外傷など)の除外も必要です。
上記を踏まえ、飼い主様からの問診や病歴は重要です。
元気消失、発育不良、食欲低下、体重減少、お腹が張ってきた、呼吸が苦しそうなどの症状はあるか?発症前に、コロナウイルスが突然変異してしまうようなイベントがあったか?
症状はウイルスに侵された臓器に関連するため多岐にわたります。
腹水や胸水貯留による体重減少や呼吸困難、中枢神経が侵されることによる痙攣や運動失調、目の症状が現れることもあります。発熱は必発ではありません。
3.1 一般血液検査の特徴
典型例では、高ビリルビン血症や高グロブリン血症、軽度の貧血、リンパ球減少、血清アミロイドAの上昇、α1糖タンパク質(AGP)の上昇が見られますが、これらがまったくない症例も存在します。炎症による特徴的な蛋白分画を検査することもあります。
3.2 画像診断の特徴
超音波検査で腹水や胸水を発見するのは容易です。ドライタイプでは、胸部や腹部の“しこり(肉芽腫)”を確認します。腎臓やリンパ節、その他の臓器が不規則に腫大することもあるため、それらを確認します。
3.3 貯留液の検査
画像検査で貯留液(胸水や腹水)が確認されたら、それらを採取し検査を行います。FIPでの貯留液は、粘性が高く、やや透明で麦わら色であることが特徴です。この貯留液の中にコロナウイルスが検出された場合、高確率でFIPであると診断が可能です。検査センターによってはコロナウイルスのバイオタイプを検査することも可能です。
3.4 細胞診検査
胸部や腹部に“しこり”があれば、針を刺して細胞の検査を行うことがあります
細胞の検査で、“しこり”が肉芽腫であると診断された場合、FIPドライタイプの疑いが強くなりますが、病変が眼球や脳などにある場合は生前の確定診断はかなり難しくなります。
4. 猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療法
かつてはFIPに有効な治療法は報告されていませんでした。そのため、一部の抗ウイルス薬やステロイドや免疫抑制剤、分子標的薬が治療のメインとなっていました。
また、症状に合わせて、食欲がないときは点滴や強制給餌、下痢や嘔吐をするときはその治療を行い経過をみていきました。
ただ、どの治療を行っても完治することはなく、1歳未満の若齢猫の場合、病態に関係なく高い確率で命を落としていたことが実際です。
近年(2021年~)、抗ウイルス薬であるレムデシビルやGS-441524の製剤を使用したFIPの寛解が複数報告されるようになりました。現在、日本国内で猫伝染性腹膜炎に認可されている動物用医薬品は存在していません。
抗コロナウイルス薬である、レムデシビル・モルヌピラビルはヒト用の薬として、動物病院で扱うことが可能です。しかしいずれもヒト用の薬であるため、猫への調剤が難しく一定の治療効果を得るためには、工夫が必要です。
経口投与可能な抗ウイルス薬は、国内では入手不可であり、獣医師が海外から治療のために個人的に輸入する必要があるため、どこの病院でも処方されるものではありません。
抗ウイルス薬による治療はまだ新しく、スタンダードな治療が存在しません。多くの獣医師は国内外で論文化された文献を参考に治療を行っています。
獣医師が参考にする治療報告の一部をご紹介します。
Retrospective study and outcome of 307 cats with feline infectious peritonitis treated with legally sourced veterinary compounded preparations of remdesivir and GS-441524 (2020–2022)
英国の獣医師による治療では、GS441524の1日1回、経口投与、12週間の治療が推奨されています。重症例では、レムデシビルの注射からスタートするようです。また神経症状がある症例では、投与量や回数の調整が必要とされています。上記の治療を行った場合、生存率は80%以上と報告されていますが、10%ほどで再発が確認されています。
Molnupiravir treatment of 18 cats with feline infectious peritonitis: A case series
近年、モルヌピラビルを用いた治療も報告されています。
治療反応は78%ほどと報告されています。
いずれの報告も、ウェットまたはドライタイプで治療反応が異なるようですので、FIPと診断された場合は、ご自身の猫に対してどのような治療が適応されるのか?反応がよいのか?を担当獣医師と相談の上、決定する必要があります。
なお、治療は抗ウイルス薬だけではなく、状態に合わせた治療も必要です。食欲が出ないときには食欲増進剤や栄養点滴・強制給餌、貧血がみられる場合には輸血、ステロイドなどの抗炎症薬も併用します。
治療に有効とされる抗ウイルス薬ですが、やみくもに使用することで薬剤耐性ウイルスの出現をもたらす可能性もあります。
また、動物のウイルス感染症に対する抗ウイルス効果は不明な点も多く、猫にFCoV以外のウイルスが感染していた場合、抗ウイルス薬がそのウイルスの変異を誘導する可能性があることも知っておくべきです。
使用に際しては明らかにFIPを発症しているとされる個体に対して、慎重に用いることが重要です。
モルヌピラビルについては、製薬会社から使用者への注意喚起が示されています。具体的には催奇形性リスクがあるため、妊娠または妊娠している可能性がある女性への投与は禁忌とされています。猫への投与でも飼い主様も十分注意が必要です。

5. 当院ひとみ動物病院の猫伝染性腹膜炎(FIP)治療方法
当院では主に3つの薬剤を用いて治療を行っております。
いずれの治療も84日間治療を行います。
以下の薬を症状や、猫ちゃんの状態に合わせて選択していきます。
5.1 レムデシビル
もともとRNAウイルスに対する抗ウイルス薬として開発され、COVID-19の治療薬として世界的に知られるようになりました。
RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬で、コロナウイルスのRNA複製を阻害します。
注射薬であり、状態が悪く内服がむずかしい場合には、レムデシビルの注射で治療を開始します。
5.2 GS-441524
レムデシビルの活性代謝物。
レムデシビルは体内で分解されGS-441524になります。
ウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼを阻害し、猫コロナウイルス(FCoV)の複製をブロックします。
当院では英国 BOVA社製の動物薬を使用しております。
BOVA社は、FIP治療用として正式に品質保証されたGS-441524製剤を取り扱っており、主にオーストラリア、イギリス、ニュージーランドの獣医師に提供しております。
違法コピー薬と異なり品質保証があり、安定した含有量、動物での使用実績があるため、当院でも導入いたしました。
ただし、日本では未承認薬という扱いになりますので、その点はご注意ください。
5.3 モルヌピラビル
RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害により、コロナウイルスの複製を阻害します。
COVID-19治療薬として知られていますが、犬や猫の治療についてはまだ研究段階にあります。
FIPウイルスの複製抑制効果がGS-441524と同等かやや劣るが有望というデータもあります。
6.当院ひとみ動物病院であった猫伝染性腹膜炎(FIP)の症例
6.1 5ヶ月のアメリカンショートヘアーの男の子
ここ1週間ほど元気食欲が減り、お腹が張っている気がするとのことでご来院されました。
血液検査では軽度の貧血とグロブリンの高値、超音波検査にて腹水が認められました。
腹水を抜いたところ、薄黄色で糸を引くような粘稠性の高い腹水が得られたため、FIPのwetタイプを疑い、PCR検査に出すと同時にレムデシビルによる治療を開始しました。
検査結果が出るまで数日かかり、FIPであった場合そのタイムロスは命に関わります。
当院では明らかにFIPが疑われる場合には、飼い主様と相談の上、検査結果を待たずに治療をさせていただくことがあります。
その後PCR検査の結果FIPが確定しましたが、早期に始めた3日間の通院・治療で体調は改善し、食欲と元気も戻り腹水も消失しました。
その後はGS-441524(英国 BOVA社)にて内服治療を継続治療し、84日間の治療期間を終了し、現在再発などは認められていません。
6.2 14歳の高齢の猫ちゃん
原因不明の胸水と1ヶ月続く食欲不振で他院から転院されてきました。
高齢の動物の胸水は様々な原因で発生します。
心臓病や腫瘍、炎症など原因は多岐にわたります。
まずは胸水を抜去し、成分を調べます。
癌細胞は出ていないか、細菌など感染症を疑う所見はないかなど、原因追究のために非常に重要です。
血液検査は高グロブリン血症と軽度の腎臓病はありますが、そのほかは問題なく、超音波検査でも心臓に異常はなさそうです。
胸水は薄黄色ですが、粘稠性はそこまで高くなくFIPを強く疑う所見ではありませんでした。
ただ、除外のために飼い主様にご説明しPCR検査に出しました。
数日間、数種の治療を行いましたが状態に改善はなく、そんな中で胸水のコロナウイルスPCR検査が陽性で帰ってきたため、急遽FIPの治療に切り替えました。
最初はレムデシビルの注射で連日、その後はGS-441524(英国 BOVA社)の内服治療に切り替え、数日で胸水も無くなり、食欲元気共に回復して、84日間の治療期間を終了しました。
問題は調子が良くなりすぎて体重が1.5倍になった事(笑)
高齢であり、診断に苦慮しましたが、検査と治療が間に合ってくれてよかったです。
7.よくある質問
7.1 同居猫がいる場合はうつるの?
すでに蔓延している猫コロナウイルスの変異より発症する病気ですので、同居の他の猫ちゃんはすでに猫コロナウイルスに感染しています。
同じ環境にいるため、今後発症するリスクは比較的高いと考えられますが、具体的な変異率は不明であるため、必要以上に怖がる必要はありません。
よく食べ、よく寝て、排泄などの健康チェックを行い、生活環境の見直しや改善を行ってみてください。
ストレスはFIPの発症のリスクとなります。できる限りストレスを減らす生活を提供してあげましょう。
7.2 FIPは人にうつる?
FIPは人にはうつりません。
7.3 猫腸コロナウイルス(FECV)に感染していたらどうすればいい?
猫が猫腸コロナウイルス(FECV)に感染しても、そのほとんどは自分の力でウイルスを殺しますし、突然変異を起こす可能性も極めて低いです。
健康管理に努め、今まで通り大切に飼育してあげましょう。
7.4 猫腸コロナウイルス(FECV)を持っていないなら、FIPにならない?
猫腸コロナウイルスに汚染されていない猫ではFIPは起こりません。
コロナウイルスフリーのブリーダーから猫を迎えるということがいいかもしれませんが、その後動物病院などでうつってしまう可能性はゼロではありません。
7.5 FIPは治療をしないとどうなる?
治療をしないとほぼ100%死に至る病気です。
7.6 費用はどれくらい?
費用は動物病院や猫の体重・症状などにより変動します。
一般的には、レムデシビルやGS-441524は高価になることが多いです。
例)体重によってわかれますが、3kgの猫で35~40万円くらい(他検査代など)
一方、モルヌピラビルはレムデシビルと比較すると手が届きやすい費用で提供していることが多いですが、薬価代に加えて注射の処置代なども加わるため、詳しくは主治医の先生にご確認ください。
8. まとめ
FIPは猫の命に関わる重篤な病気です。
これまで不治の病と言われていましたが、近年では有効な治療薬が発見され、治療ができる病気となりました。
ただ、それでも100%寛解が望まれるわけではなく、治療費は高額となることが一般的です。
FIPのみならず、あらゆる病気は早期発見と早期治療が非常に重要です。
元気や食欲がない、高熱が続く、お腹が膨らんでいる…など、気になることがありましたら、すぐに動物病院を受診するようにしましょう。