犬の口腔内腫瘍、知っておきたい症状と治療方法

愛犬が口腔内腫瘍と診断された場合、大変ショックだと思います。
しかし、一度冷静になって正しい情報収集と適切な判断をおこないましょう。
このコラムでは、犬の口腔内腫瘍について、症状、診断方法、治療方法までをひとみ動物病院 院長の人見獣医師(日本獣医がん学会認定医)が解説しています。
治療費の目安や診断された場合の対処方法など、飼い主様のご不安を少しでも和らげる事ができましたら幸いです。

1. 犬の口腔内腫瘍とは

口の中に発生する腫瘍の事です。腫瘍は、良性または悪性の可能性があり、犬の健康に悪影響を及ぼす可能性があります。口腔内腫瘍は、一般的に見られる腫瘍の一つであり、全腫瘍の約6%を占めているとされています。

1.1 口腔内腫瘍の種類

犬の口腔内腫瘍には、いくつか種類があります。

  • メラノーマ【悪性黒色腫】
  • 扁平上皮癌
  • 線維肉腫
  • エプーリス【歯肉腫瘍】
  • 乳頭腫

これらの腫瘍の中で、メラノーマは悪性度が高く転移しやすいため早めの治療が必要です。

1.1.1メラノーマ【悪性黒色腫】

悪性黒色腫は、色素細胞(メラノサイト)から発生する悪性腫瘍です。この腫瘍は生体を傷つける侵襲性(しんしゅうせい)が高く、早期に転移する可能性があります。

1.1.2 扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)

扁平上皮癌は、口腔内の表面を覆う細胞から発生します。この腫瘍は局所的に侵襲性が高く、周囲の骨を破壊する可能性がありますが、転移はメラノーマほど多くはありません。

1.1.3 線維肉腫(せんいにくしゅ)

線維肉腫は結合組織から発生し、局所的に非常に侵襲性がありますが、転移率は比較的低いです。

1.1.4 エプーリス【歯肉腫】

エプーリスは歯肉から発生する腫瘍で、多くの場合良性です。ただし、一部の種類(棘細胞性エプーリス)は局所的に侵襲性が高く、再発する可能性があります。

1.2 口腔内腫瘍の原因

正確な原因は多くの場合不明ですが、いくつか要因と考えられている事があります。

  • 遺伝的要因
  • 環境要因
  • 年齢
  • 犬種
  • 慢性的な炎症
  • ウイルス感染

口腔内腫瘍の予防は難しいですが、定期的な検査や口腔内のチェックが早期発見に繋がります。年に1回以上の口腔内検査を推奨しています。

2. 犬の口腔内腫瘍の症状

犬の口腔内腫瘍は、早期発見が重要になります。日常的にワンちゃんの口の中をチェックし、異常が無いか確認することが大切です。ここでは、初期症状から進行した場合の症状まで解説します。

2.1 初期症状

口腔内腫瘍の初期症状は、わかりづらく見落としやすいことがあります。
以下の症状に注意をしましょう。

  • 口臭の悪化
  • 唾液の増加や血液の混入
  • 食欲の減退や食べ方の変化
  • 口腔内の腫れや変色
  • 歯の揺れや脱落
  • 歯列の乱れ

2.1.1 口臭の変化

口腔内腫瘍によって、通常とは異なる悪臭が生じることがあります。これは腫瘍の壊死や細菌感染によるものです。口臭の急激な悪化は要注意サインの一つとされています。

2.1.2 唾液の異常

唾液の量が増えたり、血液が混じったりする症状が見られることがあります。特に、唾液に血液が混じる場合は、腫瘍が出血している可能性が高いため、緊急性が高いサインです。

2.1.3 食欲と食べ方の変化

口腔内の違和感や痛みにより、食欲が減退したり、食べ方が変わったりすることがあります。

例えば:硬い食べ物を避ける、一度に食べる量が減る、食べ物を口から落とす、片側でしか噛まない

これらの変化は、違和感や痛みを避けようとするワンちゃんの回避行動です。

2.1.4 口の中の変化

口腔内を定期的に観察することで、以下のような変化に気づくことができます。

  • ・歯肉や舌の腫れ
  • ・口腔内の部分的な変色
  • ・口腔内の出血や潰瘍

2.1.5 嚥下困難(飲み込みづらそうにする)

食物や液体を飲み込むのが困難。喉や食道に起因し軽度の困難から完全に痛みを伴う閉塞に至るまで様々あります。

2.2 進行した際の症状

腫瘍が進行すると、より顕著な症状が現れます。

2.2.1 顔の変形

腫瘍が大きくなると、顔の形に変化が現れることがあります。具体的には:頬の腫れ、鼻の変形、目の突出

これらの症状は、腫瘍が周囲の組織や骨に浸潤している可能性があります。
液体を飲み込むのが困難。喉や食道に起因し軽度の困難から完全に痛みを伴う閉塞に至るまで様々あります。

2.2.2 出血と感染

進行した腫瘍は、出血したり感染したりする可能性があります。以下のような症状に注意が必要です。

  • ・持続的な口腔内出血
  • ・膿や悪臭を伴う分泌物
  • ・発熱や全身衰弱

2.2.3 呼吸困難

口腔内腫瘍が喉の奥や鼻腔に近い位置にある場合、呼吸に影響を与えることがあります。

具体的な症状には:

  • ・口呼吸の増加
  • ・いびきのような異常呼吸音
  • ・運動時の呼吸困難

これらの症状は、腫瘍が気道を占拠している(邪魔をしている)ことを示しており、緊急の対応が必要です。

2.3 症状の進行速度

口腔内腫瘍の症状の進行速度は、腫瘍の種類や位置、犬の個体差によって大きく異なります。以下の表は、一般的な進行の目安を示しています。

悪性腫瘍の発生率の順 特徴
メラノーマ(悪性黒色腫) 進行が速く、早期転移の可能性が高い
扁平上皮癌 局所浸潤性が強いが、転移は比較的低い
線維肉腫 若齢犬に発生しやすい
エプーリス(歯肉腫瘍) 進行が遅く、生命を脅かすことは少ない

参照:Veterinary oncology 2015

2.4 予後

口腔内腫瘍の予後は、以下の要因によって大きく左右されます:

  • 腫瘍の種類と悪性度
  • 腫瘍の大きさと位置
  • 転移の有無
  • 診断時の病期
  • 治療の種類と効果
  • 犬の年齢と全身状態

一般的に、早期発見・早期治療が行われた場合、確率は高くなります。例えば、悪性度の低い腫瘍で完全切除が可能な場合、1年生存率は80%以上になることもあります。一方、高悪性度の腫瘍や転移が認められる場合は、生存期間が数か月程度になる可能性もあります。

3. 口腔内腫瘍と診断されたら

3.1 情報収集

口腔内腫瘍と診断された場合、飼い主様にとっては大きなショックかもしれません。しかし、冷静に対応することが重要です。

  1. 1.獣医師の説明をよく聞き、質問をする
  2. 2.セカンドオピニオンを検討する
  3. 3.選択できる治療法について学ぶ
  4. 4.家族で話し合い、最善の選択をする

3.2 獣医師への質問

獣医師とのコミュニケーションは非常に重要です。

以下の点について詳しく聞きましょう。

  • 腫瘍の種類と進行度
  • 推奨される治療法とその根拠
  • 治療後と回復確率の見込み
  • 治療にかかる費用と期間
  • 治療中・治療後の生活の質

遠慮はせずわからない事は確認することが大切です。獣医師は専門家ですが、最終的な決断は飼い主様が下すことになります。

3.3 セカンドオピニオンの重要性

口腔内腫瘍の診断と治療は複雑で、時に誤診の可能性もあります。そのため、セカンドオピニオンを求めることは何の問題もありません。

4. 犬の口腔内腫瘍の治療法

犬の口腔内腫瘍の治療法は、腫瘍の種類、大きさ、進行度によって異なります。一般的に以下の治療法が用いられます。

4.1 外科手術

外科手術は最も効果的な治療法です。腫瘍を完全に切除することで、再発のリスクを低減できます。
悪性腫瘍や大きな腫瘍の場合、拡大切除を行う場合が多く、周囲の組織や骨を含めた広範囲の切除をおこないます。

4.2 放射線治療

放射線治療は、手術が困難な部位や、腫瘍が完全に切除できなかった場合に用いられます。

4.2.1 放射線治療の種類

外部照射療法:体外から放射線を照射

放射線治療は、特に鼻腔や咽頭付近の腫瘍に効果的です。

4.3 緩和治療

緩和治療は、根治が難しい進行がんの場合や、高齢などの理由で積極的な治療が難しい場合に選択されます。

4.3.1 緩和治療の目的

  1. 1.痛みの管理
  2. 2.摂食・飲水のサポート
  3. 3.QOL(生活の質)の維持
  4. 4.二次感染の予防

4.3.2 緩和治療の方法

  • ・鎮痛剤の投与:NSAIDs、オピオイドなど
  • ・栄養サポート:流動食、経管栄養
  • ・口腔ケア:抗菌洗浄、保湿
  • ・環境調整:快適な休息場所の提供

緩和治療は、愛犬の苦痛を軽減し、残された時間をやすらかに過ごす事を目的としています

4.4 治療方法の選択

最適な治療法の選択は、以下の要因を考慮して決定されます:

  • 腫瘍の種類と進行度
  • 犬の年齢と全身状態
  • ご家族様の希望
  • 治療後の見込み

多くの場合、複数の治療法を組み合わせることで、より良い治療効果が得られます。例えば、手術後に放射線治療や化学療法を行うことで、再発リスクを低減する事ができます。

4.4.1 治療法選択のポイント

治療法 適応 メリット デメリット
外科手術 局所的な腫瘍 完全切除の可能性 侵襲的、術後の機能障害
放射線治療 手術困難な部位 手術と比較して侵襲が少ない 皮膚がただれたり、開口障害
抗ガン剤 手術後の転移予防 侵襲が少なく、転移を予防 単独では効果が薄い
緩和治療 進行がん、高齢犬 QOL維持 根治は期待できない

治療法の選択は、獣医師との十分な相談のもと、愛犬にとって最善の選択をすることが重要です

4.5 新しい治療法の可能性

口腔内腫瘍の治療において、以下のような新しい治療も研究されています。

4.5.1 免疫療法

犬の免疫系を活性化して、がん細胞を攻撃する治療法です。特に悪性黒色腫に対する効果が期待されています。

4.5.2 遺伝子治療

がん細胞の遺伝子を標的とした治療法で、正常細胞への影響を最小限に抑えつつ、がん細胞を攻撃します。

4.5.3 標的治療

がん細胞に特異的な分子を標的とした薬剤を用いる治療法で、副作用の軽減と治療効果の向上が期待されています。

犬の口腔内腫瘍の治療は、日々進歩しています。最新の治療法や臨床試験の情報について、獣医師に相談することをお勧めします。

5. 治療費の目安

犬の口腔内腫瘍の治療費は、腫瘍の種類、大きさ、進行度、そして選択する治療法によって大きく異なります。以下に、一般的な治療法ごとに概算費用をご紹介します。

5.1 診断にかかる費用

まず、口腔内腫瘍の診断にかかる費用について説明します。

検査項目 概算費用
初診料 1,000円
血液検査 5,000円〜15,000円
レントゲン検査 5,000円〜7,000円
CT検査 100,000円〜
生検 20,000円〜40,000円

診断にかかる総費用は、およそ5万円から10万円程度と考えられます。ただし、獣医師の判断により必要な検査が追加されることもあるため、実際の費用は変わる可能性があります。

5.2 外科手術の費用

外科手術は、口腔内腫瘍の主要な治療法の一つです。手術の費用は腫瘍の大きさや位置によって変わりますが、

一般的な費用の目安は以下の通りです:

  • 小型犬(10kg未満):100,000円〜150,000円
  • 中型犬(10kg〜25kg):150,000円〜200,000円
  • 大型犬(25kg以上):200,000円〜300,000円

これらの費用以外に、麻酔代、手術室使用料、術後のケア費用などがかかります。

複雑な手術の場合、費用はさらに高くなる可能性があります。

5.3 放射線治療の費用

放射線治療は、外科手術が困難な場合や、手術後の補助療法として行われることがあります。

放射線治療の費用は以下のように概算されます

総費用:300,000円〜800,000円

放射線治療は複数回の通院が必要となります。交通費や入院費用などは含まれておりません。

5.4 緩和治療の費用

緩和治療は、根治的な治療が難しい場合や、愛犬の生活の質を重視する場合に選択されます。緩和治療の費用は、症状や必要なケアによって異なりますが、以下のような費用が考えられます。

  • ・痛み止めや抗炎症薬:月5,000円〜20,000円
  • ・定期的な検査や処置:月10,000円〜30,000円
  • ・特別食や栄養補助食品:月5,000円〜15,000円

緩和治療は長期にわたることが多いため、月々の費用を考慮に入れた長期的な経済計画が必要となります。

5.5 治療費用の考え方

高額な治療費用を支払えば必ずしも良い結果が得られるわけではありません。ワンちゃんの年齢、腫瘍の種類や進行度などを総合的に考慮し、最善の選択をすることが重要です。

獣医師とよく相談し、治療のメリットとデメリット、予想されるアフターケア、そして費用対効果をしっかりと検討しましょう。場合によっては、高額な治療を行うよりも、残された時間を重視する選択も考えられます。

6. ご自宅でできるケア

犬の口腔内腫瘍の診断を受けた場合、獣医師の指示に従いながら、自宅でのケアも重要です。適切なケアは治療効果を高める可能性があります。

6.1 食事

口腔内腫瘍には、食事の工夫をした方が良いでしょう。

6.1.1 食事のあげ方

  • ・軟らかい食事:口内の痛みを和らげるため、通常のドッグフードをお湯で柔らかくしたり、ウェットフードを選んだりしてください。
  • ・ペースト状の食事:口内の状態が悪い場合は、フードをミキサーにかけてペースト状にすることも有効です。
  • ・手作りの食事:獣医師の指導のもと、栄養バランスの取れた手作りを与えることも選択肢の一つです。

6.1.2 栄養補給

腫瘍と闘う体力をつけるため、高タンパク質・高カロリーの食事が推奨されます。ただし、個々の犬の状態に応じて、獣医師と相談しながら適切な栄養バランスを決める事が重要です。

6.1.3 食事の温度

口内の痛みを軽減するため、室温または少し温めた食事を与えるのが良いでしょう。冷たすぎる食事は、口の痛みを増す可能性があるので注意です。

6.2 口の中のケア

口腔内腫瘍がある場合でも、口腔ケアは重要です。ただし、通常のケア方法とは異なる配慮が必要となります。

6.2.1 歯磨き

通常の歯磨きは困難な場合が多いですが、獣医師の指示があれば、非常に柔らかい歯ブラシや指サックを使用して、健康な部分のみを優しくケアすることも可能です。

6.3 快適な環境づくり

口腔内腫瘍の犬にとって、快適な環境を整えることも重要なケアの一つです。

6.3.1 寝床の工夫

柔らかく清潔な寝床を用意し、頭部を少し高くした姿勢で休めるようにすることで、口内の不快感を軽減できる可能性があります。

6.3.2 温度管理

口内の痛みがある犬は体温調整が難しくなることがあります。室温を適切に保ち、必要に応じて保温や冷却を行いましょう。

6.3.3 静かな環境

騒音の少ない、落ち着いた環境を提供することで、愛犬のリラックスを促します。

6.3.4 優しい触れ合い

痛みのない部分を優しくマッサージしたり、話しかけたりすることで、愛犬のストレスを軽減させることができます。

6.4 日常生活の観察と記録

自宅でのケア中は、愛犬の状態を注意深く観察し、変化があれば記録することが重要です。

観察項目 チェックポイント
食欲 食事量の変化、好みの変化
飲水量 通常より多い、または少ない
口内の状態 よだれの量、出血、腫れ、色の変化
行動 元気さ、痛みのサイン
排泄 回数、性状の変化

これらの観察結果は、次回の診察時に重要な情報となります。

7.当院であった症例

種類:
ミニチュアダックスフンド
年齢:
11歳
症状:
口臭の悪化を主訴に来院
診断:
口を触られるのを嫌がるため、麻酔下で歯石除去と口腔内の観察を行ったところ舌の裏側に腫瘍を発見。同時に切除し組織検査に出したところ、悪性黒色腫(メラノーマ)と診断された。その結果をもとに、超音波検査、レントゲン検査を行い、他の部位への転移などは確認されなかったため改めて飼い主様と相談の上、片側下顎切除術を実施。術後は術創のケアや鎮痛、食事の介助などを行いながら回復に努めました。手術部位の治癒が確認できてから、術後補助化学療法を行い、術後1年が経過し再発転移も確認されず、良好に経過して日常生活を送っています。顎の切除は口腔内腫瘍の治療に必須となりますが、外貌の変化もあるので飼い主様に理解をいただくために時間をかけた丁寧な説明が非常に重要となります。 悪性度の高い腫瘍でしたが、切除の決断をし当院に任せていただいた飼い主様に感謝いたします。

術前


術後


8. まとめ

犬の口腔内腫瘍は、早期発見と適切な治療が重要です。症状に気づいたら、すぐに獣医師に相談しましょう。

治療法は、外科手術、放射線治療、化学療法、緩和治療など、腫瘍の種類や進行度によって異なります。また、治療費は高額になる可能性があります、ご家族と話し何が大切かを考え検討すると良いでしょう。

治療後は、定期的な検査と適切なケアが必要です。自宅でのケアとして、柔らかい食事の提供や口腔内の清潔維持が大切です。愛犬のこれまでの生活を維持しながら、最適な治療を選択することが重要です。

診断に不安がある、他の治療方法についてお考えの方は、ぜひ当院にご相談ください。
ワンちゃんの状態や症例によって治療をご提案し、飼い主さんと共に最適な治療方法を見つけるためのサポートをさせていただきます。

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